任天堂が多額の現金預金を保有する理由

 企業は通常,収益性を重視して余剰資金を積極的に活用する傾向がある。ところが任天堂株式会社(以下任天堂)は異例とも言える資金保有を行っている。なぜ現金預金等を多額に保有するのか,その背景をまとめる。

 

〇結論

任天堂は,事業の浮き沈みが激しい娯楽業界(リスクの高いビジネス)に属しており,ヒット作に恵まれない期間でも安定的に経営を継続するため,換金性の高い資産を多く保有している。

・魅力的な娯楽製品を生み出すのは人材であるとの認識から,業績が悪化しても人員整理を行わずに済むよう,財務的な余力を確保している。

 

〇本文

 一般に現金預金は収益獲得に貢献しない。銀行預金は利子が付くが,利率は小さい。

 

 そのため,新規の投資先を探し収益性を高めていける領域に資金を振り向ける。新規の投資先が見つからなければ,借入金の返済株主還元(配当や自社株買)を行い,現預金を持ちすぎないようにする。

 

 任天堂の第84期有価証券報告書を確認する。

 

 2024年3月末の資産総額は3,151,394百万円(約3.15兆円)である。うち現金預金1,484,350百万円,有価証券768,355百万円,投資有価証券290,620百万円である。換金性の高いこれらの3項目の合計は2,543,325百万円(約2.54兆円)である。つまり資産の8割が現金預金等で構成されている。

 

 負債合計は546,396百万円であるが,これらは無利子負債である。銀行借入や社債による資金調達はしていないため,任天堂実質無借金経営を行っている。したがって資金使途に借入金の返済はない。

 

 純資産合計は2,604,998百万円(約2.6兆円)である。うち,過去の利益の蓄積である利益剰余金は2,646,967百万円(約2.6兆円)である。つまり,資産の多くは過去の利益を用いて調達している。

 

 利益剰余金は株主へ配当をする原資となる。任天堂の過去5年の平均配当性向は58.6%である。これは当期純利益の約60%は配当金に回しているということである。株主への還元は十分に行えていると考えられる

 

 実質無借金であり,かつ株主へ配当を行ってもなお,純利益をしっかり稼げているので,現金預金等が蓄積されている

 

 現金預金等をためる理由はほかにもある。同社の本業はホームエンターテインメントの分野(主にコンピューターを利用したゲーム専用機)で娯楽製品の開発,製造及び販売等である。娯楽製品は生活必需品ではないため,リスクの高いビジネスといえる。

 

 任天堂はもともとかるたやトランプを扱う企業であった。任天堂3代目社長の山内薄氏の代で玩具事業に参入し,その後ゲーム事業に注力することになった。山内氏は娯楽ビジネスについて以下のセリフを述べている。

 

 「玩具というのは本来アイデア商品なんです。ですから飽きられたらおしまい。今年は売れたけど翌年はダメになる、ということなんかザラでして、商品寿命が短く浮き沈みの多い業界なんです。」

 「テレビゲームなんて娯楽でしょ。生活必需品ならともかく、テレビゲームは、別にないから生きられないというものじゃないんです・・・衣食住が足りて、ゆとりができてから初めて娯楽市場ができるわけですからね。」

 

 娯楽業界は浮き沈みが激しい業界と述べている。したがって沈む(商品がヒットせずに売上が経たない)タイミングでも商品開発や事業を続けるための資金が必要になる

 

 実際,現状はNintendo Switchが大ヒットしたことで業績は伸びているが,前ハードのwiiUが期待したほどの売上とならなかった時代は3期間にわたり赤字であった。

 

 また,任天堂4代目社長の岩田聡氏は2013年6月27日の第73期 定時株主総会で,業績が悪化しているが,リストラはしないのかという株主からの質問に対して以下のように回答している。

 

 「私たちは、どうしても数年サイクルで山と谷のあるビジネスをしております。・・・ただ、短期の業績を求めてリストラをいたしますと、会社で働く人たちのモラール(士気)は下がり、その人たちが不安に怯えながら作ったソフトが本当に世の中の人の心を動かせるのかということがございます。・・・世の中ではリストラとして「たくさんの人の首を切ることによって業績を回復させる」ということもよく言われますけれども、・・・「会社(の業績)が厳しいので会社を去ってほしい」とするのは、長期的に当社の力を強めることにならない

 

 任天堂の競争力の源泉は独創的なゲームソフトを開発することができる人材が豊富なことである。社長は人材をリストラすることはないと明言している。無借金経営であり,かつ資金が潤沢であることもリストラをせずとも経営を続けられる基盤となっている。

 

参考

株主・投資家向け情報:IRライブラリー - 有価証券報告書

2013年6月27日(木)第73期 定時株主総会 質疑応答